Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-7- (前編)




-14-




当真と朱音は1つ傘の下、家までの道のりを共に歩いていた。



校門を出てしばらくは他愛も無い世間話をしながら大通りを15分ほど歩き、大通りを外れると



交通量や人の往来が少なくなってゆく。



そこから更に数分歩くと、車の走る音や街の喧騒は次第に遠くに聞こえるようになり



やがて二人は閑静な住宅街の路地を歩いていた。








朱音の家は、学校から25分くらい歩いた所にある。



その朱音の家の斜向かいに当真が昔いた、"大戦孤児院"が建てられているのだ。



高校生になると同時に当真もそこを出ていき、今は朱音の家から最も近くにあるアパート、



学生向けの1LDKに一人暮らしで住んでいる。



バイトなどしていない当真が、一人暮らししていく金などあるのか。



そう思うかもしれないが、当真には両親が残してくれた多大な遺産と保険金があり、それで生活している。



だが当真はそれを仕方なくしているだけで、いずれ大人になり、自分で食っていけるようになれば



その多大なお金は国に寄付するつもりでいる。






気付けば人も車もすっかりなくなっていた。



さっきまで聞こえていた、車のタイヤがアスファルトを跳ねる雨を裂く音が聞こえなくなり



今度は代わりに傘を水滴が叩く、パラパラといった音が聞こえはじめる。



さー……っと弱弱しく、またしとしとと静かに雨が降っている。



霧のような雨が当真の顔を撫で、当真はそれを避けようと、自然としかめっ面になってしまう。



当真としては無意識のうちにしていた仕草だったが、朱音はそれを誤解して解釈した。



それもまた仕方が無いこと、と言える。







普通自分が話している時に、相手が歪んだ表情をしていれば「不機嫌なのかな?」と思うのは



人間の心理としては自然なものだと言えるだろう。



まして、それが自分が好意を抱いている人間だとすれば会話の最中に相手の表情を窺うのは当然のことだ。



その表情から相手の心の内側を読み取り、相手の感情を垣間見る事ができるのだから。



相手が自分に好感を抱いてくれるよう、相手の顔色を窺うことで、今の話題を続けるべきか、そうでないかを



人は無意識に、本能的に考えているのだ。







朱音は自分の世間話をしながら当真の顔色を窺うと、当真は"雨を避けるべく"顔をしかめていたのだが



朱音はそれを"自分の話題がつまらないから"だと勘違いした。1人の人間として。1人の女として。







「ねぇトーマ……私といて楽しい……?」



不安げに朱音はそう聞いた。



当真は一瞬戸惑ったような顔をする。少し返事に迷ったからだ。







幼い頃、散々いじめられて、朱音といることには恐怖しか感じないのだが



さっき朱音が当真の傘に入り込んだ時――。当真は自然と拒む気は起きなかった。



それと同時に不思議な事に、どこか"朱音と同じ傘の下にいることに喜びを感じる"自分もいた。



ふわりと漂う髪の匂いや、朱音自身の暖かな香り、そして何より朱音が笑うことに



ドキドキと胸を高鳴らせる自分がいる。



認めたくはないが、どうやら当真は朱音を"一人の女の子"として認識しているようだった。



当然、これは当真にとってはものすごい進歩だ。







今までどんな女の子の仕草や告白を受けてもドキドキと心臓が脈打つことはなかった。



にも関わらず、この間宮朱音という女は、たったの表情1つで当真の心を大きく揺さぶる……のだが、



当真はそう思いかけて、すぐにその思いを頭の中から閉め出した。



それを一旦意識してしまえば、もう朱音と今までどおりに接することが出来ないように思えた。



"幼馴染"が"女性"になった瞬間だった――。







当真は血を吐き出すように、照れながら言った。



「楽しいに決まってる。そうじゃなきゃ、こうして一緒に帰ってる訳ないだろ」



自画自賛だが、これは自分にしては頑張ったのではないか。当真はそう思った。



ちらり、と朱音の方を見遣ると、さっきまで張り詰めていたような朱音の表情がふっ、と緩んだのが分かった。



「そっか。楽しいか」



素っ気無いながらも、どこか嬉しそうな口調で朱音も答えた。



「……朱音はどうなんだ?」



「へ?」



「だから……その……俺といて、楽しいのかな…って」



当真は無意識のうちに、とんでもないことをいっているのだが、本人に気付いた様子はない。



最初は何を言われたのかを全く理解していなかった朱音だったが、それが意味することが分かると



突然にやにやし始める。



いきなり笑われて、当真は今度は本当にちょっぴり不機嫌になった。



「……なんなんだよ」



「べーつにっ。なんでもないよ?」



「なんか嬉しそうだな」



当真は訝しげに隣に並び歩く朱音を見た。







やはり口元には笑みが浮かんでいたが、それは予想に反して、いい意味を含む微笑だ。



「だって私、トーマに嫌われてると思ってたもん。ホラ、小さい頃トーマのこと散々いじめてきたじゃない?」



「それは……まぁ……」



「ちょっとは否定しなさいよっ!!」



そう言って朱音は歩きながら当真に肘撃ちした。その細い腕からは創造できないとんでもない威力に



当真はあやうくうずくまりかけた。なんとか痛みに堪えながら、言葉を絞りだす。



「…………で?」



「うん。それで昔はトーマも私に話かけてきてくれたりしたのに、最近になって私のこと避けるようになったでしょ?」



「……別に避けたくて避けてた訳じゃない」



「……じゃあ、なんで?」



途端に朱音の顔が泣きそうな表情になった。



『やっぱり私のこと嫌いなんだね』



と、目でそういうことを言っているのが分かった。



しかし朱音の問に答える事にはかなり、というか絶対的な抵抗がある。







以前にも言ったが、当真は朱音がどんどん綺麗になっていくのを認めたくはなかった。



友人達が朱音のことを「綺麗になった」「やっぱり可愛い」などと評することが嫌でたまらなかった。



当真にとっての間宮朱音というのは、自分のことをいじめてくる朱音こそが朱音であり、



周囲の人間に「綺麗だ」などと言わしめる朱音は朱音ではない。



しかし当真の内心では分かっていた。前者は傍にいる感じが常に付きまとうが、後者はそうではない。



どこか遠くにいるような感じがするのだ。



心の奥底では、"朱音が傍にいてほしい"と願いながらも、そのことに気付かない当真自身は



朱音が遠くなるのが嫌だから、朱音のことを避けた。



綺麗になっていく朱音を見ないようにすることで、自分の中に"幼い頃の朱音"だけを残そうとしたのだ。







しかし、これを言ってしまえば当真は認めたくないものを認めてしまう。



それこそ文字通り、"朱音とはもう、今まで通り接することができなくなる"。







じっと当真を見つめる朱音。その目には哀しみしか映っていない。



――朱音を悲しませたくはない。



その思いにだけは、どうやら当真の意志は叶わなかったようだ。



当真は意を決した。



「それは……」











<-前編- 2012年11月23日 公開>














inserted by FC2 system