Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-8-




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当真の目の前に立つ男。奴は二藍 賢人と名乗り、尚且つ元・国立魔法金属研究所第1研究室副室長だという。



そこは以前、橡 千紗が室長をやっていた研究室と同室である。



そう――つまりこの男は……



「アンタまさか……昔、橡先生の部下だったのか……?」



「察しが良くて助かるね。説明の手間が省ける」



男は出来のよい生徒を褒めるように言った。







確かこの男……二藍は最初に『"世紀末の随筆"は自分が盗んだ』と言った。



ということはまずこの男が今回の事件、すなわち厳重な警備と幾多もの難関警備システムにより守られた



国立魔法金属研究所の研究書庫から"世紀末の随筆"を盗んだのはこの男だということになる。



だが腑に落ちないことが何点か出てくる。







「なぁ、いくつか質問してもいいか?」



二藍は少し考えるような素振りを見せるが、やがて、



「うーん、そうだなぁ……ふむ。私の攻撃を凌いだご褒美だ。



特別になんでも答えるとしよう」



二藍の上から目線な発言が気に入らないが、奴が喋ると言った以上、当真は遠慮なく質問してみることにした。



「……アンタ、なんでイキナリ俺のところへ現れたんだ?



俺はアンタが"世紀末の随筆"の空白部分を何らかの形で所持していて、アンタが持っていない"世紀末の随筆"



本体を盗み出す事で、"世紀末の随筆"は完成し、アンタの目的は達成されたのかと思ってた。



にも関わらず、再び人前に姿を現したのは何故なんだ?



警備の厳重な国立魔法研究所の研究書庫から命からがらそれを盗みだしたんだ。



そこでもうそれ以上自分の身を危険に晒す必要なんてないはずなのに、わざわざ人前に姿を見せる必要がある?」



当真は銃を構えたまま、淡々と自分の疑問を語った。



その間、話の流れを全く掴めていない朱音はずっとおどおどしっぱなしだった。



朱音は一人、傘の中に残ったまま、二人の傍でただ事の成り行きを見守るだけだった。



ただ、かいつまんで話を聞く限りこの男が何かを盗みだした犯罪者だということは分かったので、



戦っている当真に加勢したいのは山々なのだが、生憎彼女はいま武器を持っていない。







当真が朱音を仲間にしようと思ったのは、こう見えて朱音は接近戦では無類の強さを誇っているからだ。



朱音は剣術を主に得意にしていて、現代最強の剣術"白緑式抜刀術"の継承者で六段という段位を持っている。



また彼女が接近戦で無類の強さを誇っている理由は朱音が使う剣も由来している。



"プラチナム・ソード"



それが彼女の使う、魔法元素と希少金属"白金"が化学反応で生じた魔法金属を加工して鍛えられた細身のロングソードの名だ。



酸に対し強い耐食性をもつそれは、どれだけ切ろうとも決して錆びない、"切れ味が変わらない"剣なのである。



また魔法元素の持つ特殊能力により、その太刀筋を斬撃化し、鎌鼬のような現象を故意に起こす事もできる。



それにより近・中距離の範囲で彼女は戦うことができる珍しいタイプの戦士となるのだ。







雨がさらに激しくなり、最早二人はずぶぬれの状態だった。



まだ初秋とは言え、涼しくなってきたこの時期に長時間雨に打たれればさすがに寒くなる。



当真の拳銃を握る手が寒さで凍え始め、加えて体温を上げようと心臓の鼓動が早くなってきている。



これでは正確に狙いが定まらない。当真としては一刻も早く決着を着けたかった。



集中力の糸が切れそうになる。



張り詰めた緊張感はもはや限界に近く、あまり実戦経験が豊富ではない当真にとって



長期戦になればなるほど不利なのは火をみるよりも明らかだ。







まだかまだかと二藍の返事を待っていたが時間はさほど経ってはいない。



どうやら緊張と焦りから、時間の感覚が長く感じられているようだ。



そしてようやく二藍は当真の問いかけに答えた。



「私が君の前に姿を現した理由だって?そんなものは簡単だ。



私と君は同類だから。それだけだよ」



「……ふざけんなッ…俺を犯罪者なんかと一緒にするな」



「ふざけてなんかいないさ。私と君には似通った点がいくつもある。



まず第一に私達は橡 千紗の教え子であるということ。あの愚かな科学者のな。



更に、私も君も科学派によって親を殺され、孤児院で育った。



科学を憎み、復讐の渦に巻き込まれ、そしてこの世の科学を全て消そうと願っている」



「……黙れ」



「いーや、黙らないね。



科学を憎み続け、毎日親を殺した犯人――どこの誰かも分からぬ人間を想像し、頭の中で無残に殺す。



肉を裂き、骨を砕き、皮を剥いでぐちゃぐちゃにしたいと願っているんだよ!」



「黙れって……言ってんだよぉッ!!」



そう言うと当真は引き金を振り絞った。



残った弾丸を狙いを定める訳でもなく滅茶苦茶に撃ち尽くし、硝煙の匂いが立ち込める。



弾を撃ちつくしたことで遊底がホールドアップし、当真の銃は弾切れを知らせている。



荒い息を吐きながら、当真はその場で憎しみに捕らわれた姿を晒している。



かつてのように、復讐に身を委ね、ただ憎悪し続けた毎日のように。







すでに我を失った当真は、弾丸の雨を回避した二藍を見失っていた。



直後、背後で「チャキ」という銃器を構える音がした。



はっとして後ろを振り返るが時既に遅し。二藍は二挺拳銃を当真の頭蓋骨に照準し、引き金を振り絞る。



「さらばだ……」



(くそう…もうダメだ…やられる…)



そう思いひたすらにぎゅっと目を瞑った。



だが死への恐怖と共に、どこか安心感に似たような感情もあった。



これでようやく憎しみから開放される。父親と母親のもとへと逝ける。やっと会える。



何年も会いたいと願い続けたにも関わらず、絶対に手が届かなかった。



けどそれももう終わり。ようやく悲願が達成できるのだ。これ以上望む事なんて……







そう思って自分の意識を手放した。自分の体が、深い闇の中へと沈んでいくのがはっきりと分かる。



降りしきる雨の音が遠くなっていく。



ほんの一瞬のはずなのに。いろんな感覚が巡っている。これが走馬灯というやつなのかな、などと当真は考えた。



だが、何も聞こえなくなりかけた、その時だった。







「トーマっ!!」



誰かが叫ぶ声が聞こえた。



それが朱音の声だと分かったときにはもう、既に当真は朱音に抱きかかえられる形で突き飛ばされ



どうにか二藍の銃口からは逃れていた。



それを見た二藍は、感心したように呟いた。



「ほぉ、ギリギリのところで反応し、銃弾をかわすとは。やるじゃないか。それにいい度胸だ」



ヘラヘラと笑いながら二藍はもう一度こちらに近づいてくる。……だが当真はそんなことには気付いていなかった。



気付けば朱音に手を握られて、引っ張られるように走りだした。



「朱音……」



心ここにあらず。そういった感じで当真はその名を呼んだ。



しばらく住宅街を駆けぬけ、さらにひっそりとした路地へと隠れて、二人は息を潜めた。



「ごめん……俺……お前を危険な目に合わせた…」



「そんなこと気にしてないッ!!」



朱音は目一杯叫んだ。心の底からの、悲痛な叫び声だった。



「そんなことより……どうして"生きること"を諦めようとしたの?」



「それは……」



「死ねばお父さんとお母さんのもとへ行けると思ったの?」



「…………」



図星だった。そして更に朱音は続ける。



「それで仮に二人のもとへ行けたとして、二人が喜ぶの?



トーマがしたいことが出来たわけでもなく、満足した人生だったわけでもなく、



ただ結局最後まで憎しみに捕らわれたまま死んで。なのに二人がトーマの死を"歓迎"するわけないじゃない!!」







それは棘となり、鎖となり、当真の心に突き刺さった。ぐさりときた。



朱音は握ったままの手に力を込めたままそう言った。











<2012年11月29日 公開>














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