Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-11-








黄朽 咲夜は、二藍のように戦闘を楽しんでいるわけではない。彼はまさに、復讐鬼。ただ目の前の相手を殺す



ためだけに、拳銃に弾を込め、撃鉄を起こして引き金をひく。そこに感情は含まれない。



一連の動作としてプログラミングされた機械の如く、淡々とそれをやってのける。



咲夜は一度銃を下ろしてから肩を竦めて、当真の方へと向き直った。







「それから隙を見せる奴が悪い、ってのは君にも言えるな、当真。戦闘中に彼女と痴話喧嘩…ってのは解せないな。



いつ殺されてもおかしくないよ?まぁ、その喧嘩の声がすごかったから、見つけられたんだけど」



皮肉を込めて咲夜は言ったのだが、当真は気付いてはいなかったようだ。それよりも引っかかる



キーワードがあったからだ。



「いやだから、さっきも言ったけど彼女とかじゃねーから!」



「そうよッ!彼女なんかじゃないし!それにさっきから黙って聞いてたら、アンタ一体何様のつもりよっ!?」



朱音は勢いよく咲夜に食って掛かる。さっき二藍に痴話喧嘩、と言われた時には恥ずかしそうに下を向いていたのに、



咲夜に言われた時にはやけに反応が違う。実はこの二人、相当に中が悪いのだ。



当真は何故仲が悪いのか二人ともに聞いてみたことがある。理由は見事に二人とも同じく「何か気に食わない」らしい。



それを聞いた当真は朱音に本当は仲いーんじゃないか?と逆に聞き返したのだが、物凄い剣幕で怒られた。



ただ生理的に相性が悪いだけだろうと考えた当真はそれ以上言及する事はなかったが、どうにも毎回顔を合わせるたびに



咲夜に突っかかっていく朱音を見ると、何かそれ以上の理由があるんじゃないかと思うのだ。



二人は尚も言い合いを続けているが、攻め続けているのは朱音で咲夜はさらりとそれを受け流しているだけの感じだった。







「だいたいアンタね、ちょっとばかし人助けたからって調子のってんじゃないわよ!」



「……助けた?」



ここで咲夜はその言葉に露骨に不快な表情を見せた。さっきまでは涼しい顔で一切の反論を受け流していたにも関わらず、だ。



「そんな風に思っていたのか?…だとしたら拍子抜けだな。僕は君達を助けるつもりなんて毛頭ない……っ」



「…………!?」



朱音は殺気の篭った視線を咲夜に向けられたじろぐ。そこにさっきまでの勢いは無く、冷たく、そして憎悪の篭った



殺気に怯んでいるように見える。



「僕は仇である科学を滅ぼしにきただけだ。それ以外に、僕がここにいる理由なんて存在しない……!」



咲夜はそう言うと一気に無表情になった。そして、当真はその表情が意味するところをしっている。



なぜならかつて水色と出会うまで、自分は毎日その顔を鏡を見るたびに見てきたのだから。



咲夜は朱音を一瞥して、再び当真の方へと意識を向けた。朱音はまだ言い足りない、といった様子だったが



渋々といった感じで引き下がった。ここでこれ以上仲間割れしても仕方が無いと思ったからだ。



ただ、咲夜のほうは仲間だなどとは微塵も思ってない様子だったが。



「……ところで当真」



「なんだ?」



「あいつが着てる防弾チョッキ。あれ、何で出来てるか分かるか?そこそこ貫通力ある"6番"で撃って



クリティカルに当たったのに突き抜けない防弾チョッキを見たのは初めてだ」







"6番"と言うのは咲夜の使う"十三発の弾丸(トレディチ・パロテッラ)"の1つで、それには文字通り十三種類の弾丸があり、



咲夜は状況に応じて弾を使い分けているのだ。彼はこのスタイルを"ソスティジワン・カーシア"(換装式弾丸形式射撃)と名づけた。



というのも、この"ソスティジワン・カーシア"を考案し、その十三発の弾丸を開発したのは紛れもない彼なのだ。



彼は自分で魔法金属について研究し、魔法合金金属を使った武器を開発し、なおかつ戦闘スタイルまで考案しているのだ。



蛇足だが、間違いなく、彼はいずれ橡 千紗をも越える発見をするに違いない、と当真は思っている。







話を戻すと、さっき彼が言った"6番"というのは十三発の中でも最も貫通能力に優れた"バルトロマイ"と名づけられた弾だ。



それは60センチほどの厚さのコンクリート板を4枚重ねても防ぎきれ無い程の威力を誇っている。



にも関わらず、あれだけの薄さでこの弾丸を凌ぐ、ということはまず普通の物質で出来てはいない。おそらくなんらかの



魔法金属で出来ているのは明らかだ。魔法金属に対抗できるのは魔法金属でしかない。



もちろん咲夜はそんなことは分かっていて、つまり彼が聞いているのはその厳密な"種類"のことだ。



魔法金属については咲夜よりも豊富な知識を誇る当真に種類を判別させることで、"6番"の弾丸から、



他の"十三発の弾丸"で、防弾チョッキを構成している魔法金属と相性のいい弾へ切り替えようと咲夜は考えているのだ。



これこそが、この"ソスティジワン・カーシア"の利点だ。



相性の悪い相手に対して同じ相性の悪い弾を使い続けるよりも、途中で相性のよい弾へと変えた方が



遥かに効率的に戦えるからだ。



ただ、"ソスティジワン・カーシア"は完璧なシステムというわけではなく、ちゃんとした弱点も存在する。



戦闘中に弾を換える、ということはそこに隙が生まれるということになる。リロードの際にはどんな達人であっても



弾が込められていない以上、銃を撃つことは出来ない。さっき咲夜が"隙"について執拗な発言を見せたのはそのせいだ。



彼は暗に、自分のスタイルの弱点を語っていたのである。あれだけ皮肉っぽく聞こえたのは、当真や朱音を



バカにしたわけじゃなく、自分に向けて言っているのだ。







当真は二藍の防弾チョッキについて、だいたいの見当はついていた。



「たぶん、レアメタルの中でも極めて軟らかい"サマリウム"の魔法金属だと思う。薄く延ばしたサマリウム金属を



何枚も重ねて作ってるんだと思う。その証拠に、サマリウム特有の灰白色がさっき黄朽が撃った弾で削れて



メッキがはがれて覗いてる」



「なるほど……サマリウムか……」



咲夜は左手で顎につまむようにして触れて、何事かを考えているようだったが、その間に後ろで二藍が立ち上がる。



その気配を背中ごしに感じた当真は牽制で一発発砲。



「……"4番"だな」



そして何かを思いついたらしい咲夜は、制服のポケットをゴソゴソと漁り、緋色の6発の弾丸を取り出した。



まだリボルバーには4発ほど弾が残っているが、咲夜はそれを全て外し、リロード。リボルバーを回し、元に戻す。



それは当真も見たことが無い弾だった。







「さ、はじめようか」



咲夜は撃鉄を起こすと、リボルバーが回転。拳銃はいつでも撃てる状態になった。



そのまま銃を目の前に構える。隣にいる当真は、咲夜が一気に集中する雰囲気を感じ取り、息を飲んだ。



――さっきまでとは気迫が違う。



それにつられるように当真も銃を構え、二藍へと意識を集中する。敵は不敵に笑いながら佇んでいた。



「まったく……本当は当真君だけに挨拶するつもりだったのだが、君までいるとはね、黄朽咲夜君」



「どうして僕のことを知っている…?それに挨拶だって……?ずいぶんと舐められたものだな」



咲夜はものすごい形相で二藍を睨み、隣にいる当真は彼のトリガーにかける指に力が入っているのを感じた。



だが二藍はそんな咲夜の様子を気にした風ではない。ただ肩を竦めているだけだった。



「舐めている…?それは愚問だな。私としては最大の譲歩のつもりだったのだが?」



「フン。気に食わないことがかなりあるけど、質問に答えろ。どうして僕を知っている?」



「……そうだなぁ……そうだ、いいことを思いついた。もし君達が私に傷1つでもつけられたら質問に答えよう」



「……まったくつくづく気に食わない。こっちは本気でかかってるのに、そっちはゲーム気分か」



咲夜は真面目にそう言ったが、それを聞くなり二藍は腹を抱えてその場に蹲っている。遠くからでは



よく分からないが、どうやら肩を震わせて体が小刻みに震えている。



しばらくすると、二藍の口から哄笑が零れた。







「おいおいおいッ!何を勘違いしてるんだ!?私が君達と真面目に戦ったら、"遊び"にはなっても



"戦闘"には程遠いってことをまだ理解していないのか……クククククククッ。ハーッハッハッハァ!!



いいだろう、来たまえ!瞬殺してバカなお前達に、私の言ってることの意味を分からせてやろう!」



「ッ……なめやがって……!」



そう言ったのは当真だ。さっきからずっと黙っていたが、さすがに堪忍袋の尾が切れそうだ。



確かに二藍の強さはデタラメだったが、しかし戦士としてでは、彼は戦士の風上にも置けない。



戦闘を遊びと混同するなど言語道断。元国勅部隊の戦士にもそんなやつがいることに、当真は激しい怒りを覚えた。



「……黄朽」



「あぁ、分かってる。当真、君は後衛で彼女を守りながら援護頼む」



咲夜はちらりと朱音の方を見ながらそう言った。仲が悪いとは言っても、なんだかんだで朱音を気遣っているらしい。



そんな咲夜を見て、やはり当真はホントはこの二人仲いいのでは?と思わずにはいられない。



当真は咲夜の言葉に黙って頷いた。



「僕が前衛で出来るだけ隙を作る。そこに君の神速のクイックドロウでヘッドショットを撃ちこめ」



「……あぁ、それ以外策はなさそうだな」



咲夜が前衛で戦っても二藍に勝てるとは限らない。むしろ防戦一方になるかもしれないが、



そこは当真が後衛で咲夜をサポートすることで補える。つまり咲夜が隙を作ればその隙に当真が後衛から



二藍を沈め、逆に当真が援護射撃で隙を作れば咲夜が近距離で仕留める。



コンビ狙撃の利点を実にうまく活かした作戦だと言えるだろう。







「作戦タイムは終了かな?」



「あぁ。待たせたな」



そう言って当真は腰から提げたホルスターに手をかける。



「……いくぜっ」



意識を集中。深呼吸してトリガーに指をかけ、銃をホルスターから引き抜く。



そのまま光速で2発発砲するが、またもや人智を越える二藍の動体視力と反射神経で見切られ、回避される。



…が、もう一人、当真の撃った弾の弾道を見切っている男がいた。







当真が神速のクイックドロウを放った直後、瞬時にその弾道を見切り、二藍の回避位置を予測した咲夜は



当真が発砲した時にはすでに跳躍し、二藍の回避位置へと先周りしていた。



いくら人を越えた身体能力を誇る二藍と言えども、回避の最中に更に回避を重ねることは不可能だ。



当真の攻撃を避ければ咲夜の攻撃を喰らい、咲夜の攻撃を避ければヘッドショットの餌食となる。



咲夜は銃を二藍の額に照準。狙いを定めて発砲、狙い違わず弾は撃ち出された…だが、それはあたることはなかった。



二藍は複雑に体を捻ることで二人の放った弾丸を回避したのだ。



「ちぃっ!」



咲夜の口から思わず舌打ちが零れる。



咲夜はそのまま二藍の懐へと潜りこみ、前回し蹴りをテンプル目がけて放つが二藍はバックステップで回避。



が、そこで咲夜の攻撃は終わらない。軸足一本で二藍との距離を詰め、回し蹴りの遠心力を使い左手で裏拳を放つ。



が、二藍は軽く左手でそれを受け止める。そして空いている右手で顎を狙い、掌打を撃つ。



それを咲夜は天を仰ぐようにして頭を逸らして回避。そのまま体を捻り、上段蹴りを放った。



そこへ当真の援護射撃。



だが二藍は首の動きだけで回避し、しゃがんで咲夜の蹴りをやり過ごした。



「「なんだとっ!?」」



二人が感嘆の声を漏らした。いくらヘッドショットを狙われていると分かっているとはいえ、普通格闘の最中に



意識を狙撃主に集中させられるものなのだろうか。もしや二藍は3つの目をもってるのではないかと疑いたくなる。



「おどろいている暇があるのかね?」



「ッ!?」



咲夜が流れるような連続攻撃を止めたことで、僅かな隙が生じる。二藍はそれを見逃さない。



しゃがんだ状態から地を蹴り、一気に咲夜との距離を詰めようとするが、咲夜は瞬時にバック転で距離を取った。



「ほぅ、やるじゃぁないか!」



二藍は出来のいい生徒を褒める先生のような口調で言った。







(ちっ、こっちはいっぱいいっぱいなのに余裕かよ)







咲夜の内心で焦りが生じる。戦いが長引けばこちらが不利なのは目に見えている。武術も相手の方が上手ということを踏まえれば



こちらの勝利条件はただ一つ――――。







"一撃決着"……だ。











<2012年 12月12日 公開>














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