Two sides of the coin

/ 「相反する二つの世界」




-3-



当真は、図書館の司書室の扉の前に立っていた。





ここ、魔法金属専門学校の図書館には、約十万冊の魔術や科学に関する書籍が蔵書されているそうだ。



図書館は地下ニ階、地上三階の造りになっていて、地下には資料類が保管されていて、



地上階は、一階が閲覧コーナー兼、コンピューターを使えるスペースがあり、



二階には、文庫本や新書類が置かれている。三階はラーニングコモンズになっている。





この魔法金属専門学校の図書館は国内の学校施設の図書館の中ではダントツの蔵書量と、



充実した設備を誇っている。



また街中の図書館などでは見られない、貴重な書物なども保管されているため、



魔法金属について深い知識を追求する当真は、この施設を大変重宝している。





当真がドアをニ回軽くノックすると、中から控えめに、どうぞ、と声が返って来た。



失礼します、と一言断わって中に入ると、当真は「うっ」と声を上げた。



部屋の中が、異常なまでに散らかっていたからだ。





司書室は六畳程の間取りで、扉と反対側の位置に執務用の机が置いてあり、



机と扉の間には応接用の机とソファ。そして部屋の壁は本棚で隠されている。



だが、今や壁どころか床までもが本で埋め尽くされており、



応接用の机やソファの上にまで本のビルが立ち並んでいた。



確かこの部屋に最後に来たのは一昨日だったか。その時は散らかってはいたがこれほどではなかった。





当真は床に敷き詰められた本の隙間から僅かに覗く白いタイルを見つけては



本を踏んでしまわないようにつま先でその隙間を踏みながら歩いた。



おそらく、この部屋の主は目の前の本のビル群の向こうに隠れている。



当真が本のビルを迂回して扉の反対側へと向かうと、予想通りそこに当真を呼び出した張本人が座っていた。





今まで執務用の机に向かっていた千紗だったが、当真の気配を感じるやいなや当真の方へと向きなおった。



その際に彼女の絹のように艶やかな長い黒髪がさらさらと揺れ、そして重力に従い元に戻る。



あまり化粧気はないが、その相貌はまさに大和撫子と呼ぶに相応しく完璧なまでの美人だ。



また、千紗はまだ20代の前半であるにも関わらず非常に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、



充分な年輩女性の美しさが発揮されている。



それを千紗に言うと怒るのだが、別に当真とて貶しているわけではなく充分な褒め言葉のつもりだ。





"橡 千紗(つるばみ ちさ)"





世間表向きには知られてはいないが裏向きでは「世紀の天才科学者」と呼ばれる稀代の魔法金属研究者であり



現在は魔法金属専門学校「魔法金属科」の教師兼図書館司書である。



当真にとっては頼れる相談役でもあり、尊敬する魔法金属研究者だ。





当真以外の一般生徒から見ても彼女は羨望の的のようで、男子・女子関わらず生徒からは絶大な人気を誇っている。



特に女子においては研究者だけでなく、女性としても千紗に憧れているらしく



「将来は橡先生みたいな女の人になりたい」そうだ。







「やぁ、よく来たね当真君」



そう言って千紗は大袈裟に両手を広げた。



「よく来たね、じゃないですよ先生ッ。なんですかこの散らかりよう!



一昨日来た時はこれほどじゃなかったのに、よく二日でこんだけ散らかしましたね」



「あぁ、ちょっと調べ物をしていてね。お陰でこの二日、一睡もしていないんだよ」



そう言うと彼女は一つ、隠すようにして小さな欠伸をした。



本当に眠いのだろう。双眸はかなり重そうで今にも船を漕ぎ出しそうなほどにうとうとしているのが分かる。



そういった女性らしい仕草に時々ふとドキリとさせられるのは、やはり彼女の美貌による所が大きい。



訂正。しばしばである。



加えて彼女は真っ白な白衣に身を包んでおり、その白と闇のごとく漆黒に染まる髪が



一層彼女の美しさを引き立てていて当真には非常に目に毒だ。







当真は自分の感情を誤魔化すべく、千紗から視線を逸らして会話を続けることにした。







「本当に眠そうですね。ちょっとぐらい休めばいいのに」



「ははっ、心配してくれているのか当真君?だがそれは無用だ。



これくらいのこと私にとっては別に大した事ではない。日常茶飯事ということは君も知っているだろう?」



「それは、まぁ……」







一応は知っている。



彼女は国家公務員である魔法金属研究者を退いてもなお、国から様々な魔法金属関係の仕事を依頼されている。



国にとって彼女は"有能すぎる人材"であるがゆえに、手放したく無いのと同時に



国勅の以来を彼女に宛てることで千紗を国の管理下に置いておきたいのだ。



その理由は言うまでもない。彼女を野放しにしておくと、いつ裏切られ反国家勢力になるか分からないからだ。



それゆえ彼女を縛り続けるため、断続的に彼女には仕事が回ってきている。







彼女が研究者を辞めたのもその辺りに理由があるのだろう、と当真は考えている。



だが事実は絶対本人にしか分からないのだろう。何せ彼女は"天才"なのだから。



天才は百人の凡人の思考を一瞬で理解するが、天才の思考は天才にしか理解できない。







「けど、無理はしないようにしてくださいね」



「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」



そう言って彼女は当真に微笑を向けた。



「ところで先生。今日は一体何の話をしてくれるんですか?」



当真としてはそれは自然な流れのつもりだったのだけど、それを聞いた千紗は哄笑した。



当真の頭の中にはハテナマークが咲き誇る。



「はっはっはっは!そう焦るな当真君。今から話してやるから!



相変わらずアンチメタルのことになると周りが見えなくなるな、君は」



「別に焦ってるわけじゃねーっす……」



照れ隠しのために一応否定はしたが本当のところ当真は早く話が聞きたくて仕方なかったのだ。



「ふふっ、そう照れるな当真君。今珈琲でも淹れてやるから、君はソファにでも座って待ってるといい」



そう言うと千紗は事務用の灰色の回転椅子から立ち上がり、ソファの上の本のビルを解体し始めた。



彼女は別段丁寧に本を退ける訳ではなく、大雑把に両手で薙ぎ払う様にそれをなし崩しにした。



本はバサッバサッと音を立てて床に落下し、無造作に床に散らかってゆく。



そんな風にどけるなら、もっと丁寧にのければいいのに……と内心では思いながらも



当真は黙って空けられたソファに腰掛けた。



やがて千紗は当真に背を向けて紙コップが置いてあるはずの執務用の机の下を漁りだしたのだが



ゴソゴソと音がするばかりで一向に見つかりそうな気配がない。



やれやれ、と当真は心の中で嘆息すると珈琲が入るまでの間の暇つぶしに



と応接用の目の前にある机の上に積まれた本を見て、適当に興味がそそられるものを探そうとして



そこで本の下に隠れていた、クリップで数枚が纏められた書類を発見した。そして内容を見たい衝動に駆られる。







――当真は千紗の方をこっそりと見た。







千紗は未だに、「あれ?どこいった?うーん……」と唸りつつ、紙コップを探している。



当真は書類を手に取り、それと千紗を交互に何度か見遣った。



手に汗がじっとりと掻いている。見るべきか、見ないべきか心の中で葛藤する。



結局好奇心には勝てず、束になった書類の一枚を捲ろうとした時だった。



「おーーっ、あったあった!」



そう言って千紗が机の下から這い出た。



当真は咄嗟に紙を捲る手を止めて、急いで書類を再び本の下に隠した。



それから何にも触れていないことをアピールするかのように腕を組んだ。



千紗はそんな当真の奇行に気付いた風もなくて、ポットに湯を入れて沸かしはじめた。



当真はホッと溜め息をつく。



"換装式魔法金属内蔵型人類"と銘打たれたその書類は再び日の当たらない陰に隠された――。






<2012年11月11日 公開>













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