Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」




-1-




――さて、どうしたものか、と当真は考えた。



当真は千紗に礼を言って図書館を後にして、今は中庭のベンチに頭の上で両手を組んで座っていた。







ここ魔法金属専門学校は西洋の大学をイメージした造りになっている。



校舎は無論レンガ造りになっていて、今当真がいる中庭には噴水もついている。



また中庭には川までも流れており、イギリスの某有名大学を彷彿させるような感じだ。



川に沿ってベンチが等間隔に並べられており、昼休みの今、生徒達はこのベンチに座って昼食を食べたり



午後の授業で提出しなくてはいけないレポートの内容を必死に考えたりしている。







この学校の造りを簡単に説明しておくと、まず敷地の北・西・東の端にそれぞれ3つの講義棟がある。



今当真がいる中庭は3つの校舎が向かい合う中心に配置されていて、西と東の校舎を結ぶように



敷地のほぼ真ん中を通る川が流れている。



北の講義棟は主に武道場や食堂、体育館や文化ホールが入っていて当真がよく利用する図書館、



生徒会室なんかもこの棟に配置されている。実際に授業が行われているのは西と東の講義棟だ。



午後の始業開始10分前の今、北講義棟から食堂を利用していた生徒達が教室に帰るべく、食堂から出てくる生徒が



ちらほらと現れ始めた。



当真は始業に遅れないよう次の授業が行われる講義棟へ向かう生徒達を他所に、さっきから千紗に言われたことを



ずっと脳内で反復しては堂々巡りしている。







『この三人一組のチームは自由に組めるそうだから、今のうちに事情を説明して仲間を作っておくといい。



今から仲間を誘っておけば誰かに有能なヤツを取られることもないだろう?』







当真は浅く溜め息を吐き、ベンチに浅く座りなおした。自然座り方はだらしなくなる。



頭の後ろで手を組んだまま今度は空を見上げた。







とりあえず当真は現状をもう一度整理することにした。



まず、魔法金属を使って魔術と同じ効果を得るための技術が記されていると思われる"世紀末の随筆"が



何者かに盗まれてしまった。犯人はおそらく"世紀末の随筆"の空白部分の情報を持っており、それと盗んだ



"世紀末の随筆"の情報を組み合わせることで、魔術と科学の力を融合させようとしている。



だがそれが実現した所で犯人がその力を一体何に使おうとしているのかは全くもって不明である。



そこで政府は犯人が何か行動を起こす前に犯人を捕らえたいが国勅魔法武装66小隊を



犯人捜索のために人数を裂けば、魔族のテロが懸念される。



というわけで政府は魔法金属について少なからず知識があり、将来の国勅魔法武装66小隊員が多くいる



当真達、「魔法金属専門学校」の生徒を使って犯人を捜させようということになった。







内容をざっと再確認したことで大分現状が頭に入ってきた。



となると問題は"誰を仲間に誘うか"に絞られる。







当然これは遊びやゲームなどではなく、政府からの"任務"という形になるだろう。



そうなれば冗談抜きで命を落とすことになる可能性は十二分にある。



何せ犯人は、厳重な警備と幾多もの難関警備システムにより守られた国立魔法金属研究所の研究書庫から



見事に獲物を盗みだした相当な手馴れだ。



普通に考えて武術の全く出来ない当真が1対1で犯人に挑んだ所で瞬殺されるのは火を見るよりも明らかだ。







「……となると仲間には強いやつが欲しいな……」







当真はうわ言のように呟いた。



幸いにして今回の事件は魔法金属絡みな訳だから、知識の面で困ることは当真の頭にはなかった。



それほど当真は自分の魔法金属に関する知識には自信を持っている。



だが『強い仲間が欲しい』とは言ったものの当真には一つ困難な問題点があった。







それは単純に、当真には友達が少ない、というものだ――。







全くいない、というわけではないものの基本的に人付き合いの苦手な当真は、自ら進んで



誰かと仲良くなろう、とは考えたことがない。



そういう訳で自然、仲間になってくれそうな相手は限られてくる。



そんな中で当真にはとりあえず1人はあてがいる……のだが、そいつに頼るのは当真にとって非常に不本意だった。







「とりあえず他にいないかだけ考えてみよう、うん、そうしよう」







当真は現実を受け止めたくないがために自分を納得させようと他の選択肢を自分に言い聞かせたのだが



やはり他にいいあては思いつかなかった。そのまま葛藤は続くが……







「…………」







……このときほど当真は自分のコミュ障を呪ったことはなかった。











-2-








午後の授業を終えた当真は図書館へ向かっていた。



ただ今回は千紗に会うためではない。これは当真にとって半ば習慣的な行動なのである。



放課後の当真の行動は8割方は終業後図書館へと足を運ぶと決まっていて残りの2割というものは



図書館が開いていなかったり、帰り道に本屋に寄って帰る時にとる『直帰』というパターンだ。







六限目の授業を西棟で受けた当真は、北棟4階にある図書館へ向かうべく中庭を横切り



橋を渡って川を横切った。



終業後の中庭は帰宅する生徒でごったがえしていて、特に講義棟がある側の土地と校門がある側の土地を



連絡する橋にはいつもこの時間帯は人ゴミが出来る。



部活動というものがないこの学校はおよそ9割に上る生徒が当然帰宅部で残りの1割というのは



生徒会に所属する人間だけだ。



当真は人がごったがえす北側の中庭を抜けて、ようやく北講義棟に辿り着いた。



4階まで階段を昇り、図書館へ続く廊下を歩くとき。当真はいつもは意識しない図書館の隣の部屋の前で立ち止まった。



午後の二時間の授業の間、本当は頼りたくはないが結局不本意ながらも頼るという結論に至ったその相手がいる部屋だ。



扉には、『生徒会室』と書かれたプレートが貼られてある。



当真はその扉をノックしようと手を伸ばしたが――







「…………ッ!!」







何故か手が扉を叩こうとしない。あと数センチで扉に触れるというところで震えながら硬直している。



ここに来てもまだ当真は無意識的に拒絶反応を起こしているのだ。



ここは一旦引くべきか。



そう思って一度握られた拳を下げ、深呼吸しようとしたとき――



「んむ?トーマじゃない?何してんのこんなトコで」



不意に後ろから声を掛けられた当真は、反射的に瞬時に距離を取った。



「んっ……おーっ、おぉっ!!あ、あああ朱音(あかね)かっ!!なんだよっこんなとこで」



「ちょっ、何よ人の顔見るなり変に怯えて!失礼でしょっ!!」



怪訝そうに言う彼女に対して、「だからホントに怯えてるんだよっ!」と心の中で当真は叫んだ。



「それに『なんだよっ』ってそれこっちの台詞だから。



私、生徒会長よ?この部屋に行こうとするのは当たり前なんですけど。」



「そ、そうだな!」



「……?我が幼馴染ながら、相変わらず変なヤツねぇ。」



当真の反応に不思議そうに首を傾げる朱音に対し、当真は冷や汗がダラダラと垂れる。



手汗で手が湿り、当真はスラックスでそれを拭った。



ちなみに彼女――間宮 朱音(まみや あかね)こそ、当真がまず一人目の仲間に誘おうと思った人物である。







三人一組のパーティーを組むと千紗に言われた時から、当真の頭には理想のパーティーの条件というものがあった。



それは遠・中距離型タイプの人間と近距離型タイプの人間が1:2の割合でパーティを組む、ということだ。



「魔法金属学」しか取り得がなく、武術が苦手な当真だが、唯一得意だったのは「射撃」だ。



当真の戦闘スタイルというのは「一撃決着」というのを理想としていて、



当真自身の高い射撃能力と威力と貫通力の高い愛銃・トカレフTT-33の7.62mmトカレフ弾のジャケット部分を



魔法元素と希少金属(レアメタル)の中でも極めて高い強度と高度を誇るCo(コバルト)が化学反応を起こして出来た



魔法金属・アンチ=コバルトで加工・強化した超強力な威力・貫通力を持つ7.62mmトカレフ弾・コバルトジャケットを使い、



目にも止まらぬ神速の抜き撃ち(クイックドロウ)で相手を一撃で戦闘不能にする、というものだ。







こういった当真自身のスタイルを考慮すると当真が集めたい残りの仲間は近距離型の人間に限られる。



そこで非常に少ない知り合いで、近接戦闘で無類の強さを誇る生徒。という条件で知り合いを検索した結果



真っ先に思いついたのが彼女、間宮 朱音だった。







しかし、当真は朱音と幼馴染という間柄であるにも関わらず、朱音のことが苦手だった。



というのも当真は幼い頃、散々朱音に困らされているからだ。



朱音が当真の家に遊びに来ると、当真が自分の部屋に置いてあるお菓子が全て彼女に食べつくされ、



彼女の遊びには無理矢理付き合わされ、挙句の果てには好きな子が出来ても朱音に邪魔されて絶対フラれる。



まあどれも小学生の頃の話であって、中学にあがった頃からは彼女も"お淑やか"という言葉を身につけたのか



以前のような横暴はしなくなったが、それまでにされたことは小学生の少年にとってトラウマになるには



充分すぎる仕打ちだった。



お陰で今でも当時のことを思いだすと、こんな風に汗が止まらなくなり無意識に恐怖が当真を襲うのだ……。











-3-




当真は2歩、3歩と後ずさり、朱音から距離を取って彼女と向きあった。



朱音は相変わらず当真を不思議そうに眺めており、当真は警戒の色で朱音を見つめていたのだが……







(……こいつ、しばらく見ないうちにだいぶ雰囲気変わってねーか?)







最近はあまりちゃんと朱音と会ってなかったせいで、当真の中での朱音の印象というのは



だいたい中3ぐらいで止まったままだったのだが、1年ぶりぐらいにちゃんと朱音を見ると



最後に見た時からずいぶんと可愛くなったように思う。







綺麗に染められた茶色の短髪はウェーブがかかっていて、彼女の小さい顔と童顔っぽい相貌を



より可愛らしく見せている。中学まではセミロングだったが、それをばっさり切っているせいか



もとより快活である朱音であったがショートヘアがさらにそれを際立たせていて、一方では茶色の落ち着いたウェーブが



ちょっぴりお淑やかになった彼女の大人らしさを引き立てている。



当真は、いつだったか忘れたが、友人が「間宮さん、高校入ってからかなり美人になってねぇ?」と言っていたのを思い出す。



その時は「まさかあの朱音がそんな訳ないだろ」と思って聞き流していたが、まんざらそうでもなかったようだ。



認めざるを得なかった。彼女は"可愛い"女の子に分類されるということを。



本当は、認めたくはなかったが。







初めは警戒の目で朱音を見つめていた当真だったが、次第に彼女を値踏みするように見ていたようだ。



「何よトーマ。人の事ジロジロ見て」



「あ……いや……」



当真は朱音から視線を逸らし、照れ隠しで自分の後頭部をバリバリと掻いた。



素直に朱音のことを可愛いとか思った自分が、なんだかとても恥ずかしかったからだ。



「んん?」



当真が恥ずかしがっていると、朱音が突如何かに気付いたような声を上げた。



「なんだよ」



「もしかして私のこと、変な目で見てたでしょ!」



「んなわけねぇだろっ!!なっ……なんでそうなるんだよッ!!」



間髪いれず突っ込む。……が、完全には否定できなかった。高校生になってスタイルがよくなった(特に胸周りが)



朱音に対して、ちょっぴりそういう気持ちもあったからだ。



……――悲しいかな男の性。



「いーや、絶対見てた!」



「見てねぇっ!」



「見てた!」



「だから見てねぇって!」



「嘘言ってんじゃないわよ!!」



「んなっ……!誰がお前なんか(、、、)に欲情するかっての!」



そう言ってから当真は「しまった!」という顔になり、突如朱音から凄まじい殺気が放たれる。



(やばい……怒らせちまったっ……)



途端に当真の足が笑い始めた。



もう当真はそこから今すぐダッシュで逃げ出したい気持ちで一杯だった。



「あーそう。私なんて(、、、)特に魅力的でもなんでもないし可愛くも愛想もしおらしさもないですよーっだ!」



前半の方は冷たい氷のような声音で、後半は火山が噴火したように



そう言うと朱音はあかんべーをして、生徒会室の扉を思い切り開いて中に入り、その際扉を叩きつけるように閉めた。



それと同時に『ガチャリ』と重そうな鍵が閉まる音が聞こえる。



中からは「ふんっ」という声が聞こえた。







「……やっちまった…………」



当真は頭を抱えたくなった。まぁ、自業自得と言えばそこまでだが。



しかも、今回のは完全に当真に分がある分余計にややこしいことになった。







……どうやら当真の仲間集めは、最初から前途は多難のようだ。











<2012年11月12日 公開>














inserted by FC2 system