Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-4-




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それから当真と水色はお互いの近況について話していた。



水色は任務で赴任した土地の話や、自分の部隊の隊員達の話。当真は最近読んでる本のことや、勉強の話が主だった。



お互いしばらく一通り近況を報告しあった所で、当真はずっと疑問に思ってたことを尋ねた。



「なぁ水色兄ちゃん。久ぶりに会えたのは、嬉いんだけどさ、なんでここにいるんだ?」



尋ねにくかった事を尋ねているのだから、自然歯切れが悪くなった。



水色もついに来たか、といった表情で当真を見据えた。



「それはだな……」



そう言いかけた時だった。当真の座るソファの後ろにある木製の扉がおもむろに開いた。







年季の入ったドアの蝶番がギシギシと音を立てる。おそらく千紗が帰って来たのだ。



当真は立ち上がって、千紗の方へ振り向いた。



「あ、先生、お邪魔してます」



「なんだ、また来たのか当真君……っと後ろにいるのは……」



千紗が目を寄せて、当真の後ろに座る男の姿を見定めようとするが、青い髪に加えて、前髪の隙間から覗く



鋭い切れ目を見るなり、それが誰だかすぐに分かったようだった。



途端にしかめたような千紗の顔は、しだいに懐かしみを帯びた表情に染まる。



水色は当真にしたように、「よぅ」と片手を挙げて会釈した。



「おぉ、もしかして神崎か?久しぶりだな」



「あぁ、確か最後にあったのは3、4年前だったか?お互い連絡取ってなかったしな。



しっかし橡は相変わらずだな、この部屋の汚さを見ると」



「ほっといてくれないか」



なるほど、と当真は妙に納得した。会話から察するに、千紗の掃除ベタは今に始まったことじゃないらしい。



「それに変わらないのはお前の方だ神崎。お前の事は風の噂程度に聞いているが、その歳で国勅小隊の



隊長になったらしいな。学生時代からお前は群を抜いて強かったが、まさか国勅小隊のなかでも



群を抜くとは恐れいったよ。学生時代にそんなやつと組み手してたのかと思うと、恐ろしい気持ちになる」



「…あれ?もしかして水色兄ちゃんと先生って、同級生だったんですか?」



「そうだ。前に一度言わなかったか?」



当真は2、3回かぶりを振った。そしてそれは水色からも聞いた事がなかった。







以前電話で千紗のことを水色に話したことはあったが、そのたびに水色は千紗のことを



面識のない他人同様の扱いをしていたせいで、二人に接点があることには面食らった。



千紗はちらりと水色の方を見たが、彼は千紗と目が合うなりぷいっと視線を逸らした。



おそらく自分の過去を当真に語られるのを嫌がっているようだが、その態度を「話すなら話せ」という



意味として受け取った千紗はそのまま話を続けることにした。







「神崎は我々の学年の中どころか、先輩達と比べても数段強かった。



おそらく学校内で一番強かったかもしれない。だが勉強の方は全くダメだったな、神崎は。



テスト前によく私に泣きついてきたよ。なぁ?」



千紗はおもしろがるように問いかけた。



「うっせぇ、そいつは俺の封印したい過去の1つになってるよチクショウ」



「水色兄ちゃんはバカだったんですか?」



「おいコラ当真、誰がバカだ――」



「あぁ。私が雲の上の神様レベルだとしたら神崎は海底の海藻レベルだ。きっとワカメみたいに脳みそまで



よれよれになってるんだろうな、はぁ……可哀想に……」



一瞬当真の指摘に水色が反論したが、最後まで言い切る前に千紗が止めを刺した。



千紗は本気で可哀想に思っているような表情を水色に向けると、水色は返す言葉もないのかただ項垂れてるだけだった。



千紗は自分の為に紙コップを袋から1つ取りだして、その中にスプーンで掬ったインスタントコーヒーを入れてから



さっき当真が沸かしたお湯が少し残るポットに珈琲一杯分に足りない水を足してポットのスイッチを押した。











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当真がお湯を沸かしていたお陰で、まだ少し温かみを帯びていたポットのお湯はすぐに沸き、



千紗はすぐにそれを自分の紙コップに注いだ。



鼻が慣れていたせいで感じなくなっていたコーヒー独特の香ばしい香りが再び鼻をつく。



千紗はスプーンでそれをかき混ぜながら、自分専用の事務机のローラー式回転椅子を



当真と水色が座る応接用の椅子の傍まで移動させ、腰をおろした。



千紗はコーヒーを一口啜ってから話題を切り出した。



「……さて、二人とも私に話があるようだが……どちらから聞こうか?」



「じゃあ俺からでいいですか?」



当真は水色の意見を聞くまでもなく即答した。



おそらく水色が3、4年も千紗とコンタクトを取らなかったにも関わらず彼女を訪れたということは



何かしら込み入った事情があるのだろうと当真は推測したのだった。



となると簡単かつどうでもいいような用件である当真が先に話したほうがいいのではないかと考えたのだ。



そんな当真の考えを水色も悟ったようで、それを裏づけするように彼は何も言わなかった。



千紗は二人の顔を見比べるなり、二人の意図を悟ったようだった。



天才は同時に10人の考えを理解する、というのはどうやら本当らしい。



「それじゃあ、当真君からどうぞ話たまえ」



話すのを促すように、千紗は当真に掌を差し出した。







当真はさっきの朱音とのやり取りを一通り二人に話した。



どうせなら水色にも聞いてもらった方がより色んな意見が聞けるのではないかと思ったのだが、



話している最中、水色は終始腹を抱えながら肩を震わせ、千紗は対極的にあきれ返った様子だった。



「……って訳で、俺はどうすればいい?」



「ブァハハハハハハハハハッ」



全て話し終えると水色は堪えきれなくなったのか、大声で笑いはじめた。



当真にしては全く面白い話ではない。何故朱音が怒ったのかも分からなければ、自分が何をしたのか、



挙句の果てにはどうしていいかも分からない。



にも関わらず、そんな当真を見て大笑いする水色に腹が立った。



そのせいで自然と口調に不機嫌さがにじみ出てしまう。



「……何笑ってんだよ、水色兄ちゃん」



「フハハハハッ、いや、なんか、そんなことでまともに悩んでるお前がバカみたいでな、ハハハハッ」



笑いながら答えるせいで、なんとも途切れ途切れな台詞になった。



「ふう、当真君。バカな神崎にバカと言われたらおしまいだぞ?」



千紗は千紗でまた水色とは違う意味で心に突き刺さる言葉をくれた。



以外とこの台詞は、当真にダメージを与えたという。



「って、おい橡!何どさくさ紛れて人のことバカ呼ばわりしてんだよ!」



さっきまで大笑いしていた水色だったが、今度は一転怒り始めた。



全く、喜怒哀楽の激しいやつだなぁ、と千紗は呟くと



もともと呆れ顔だったが溜め息を吐いて、また更に一層呆れた様子が露になった。



「ん?だって事実ではないか」



「いまは当真の話じゃねぇのかよっ」



「いや、勉強はできるが女心の分からない当真君もバカだが、どちらもバカな神崎はバカを通り越して



脳に問題があるとしか言いようがない。私の知り合いの脳外科を勧めようか?」



「バカにしてんだろテメェ」



「なんだ?今更気付いたのか?」



「……もういい」



分が悪いことを悟った水色は呆れたように不貞腐れてしまった。







水色を黙らせた千紗は今度は当真の方へ向き直った。



「あのな、当真君。女性というものは誰でも好きな人の為に自分の美を磨こうとするんだ。



――何故だか分かるか?」



分かる訳ねぇだろコイツに、と悪態をついて茶々を入れる水色に、千紗は座ったままその横っ面に



ハイキックをかました。……とてつもなく痛そうだ。蹴られたところを押さえながら、水色は涙目になっている。



水色の方へは見向きもせず、沈黙する当真を見てそれを回答と受け取った千紗は言葉を続けた。



「それは自分の方に振り向いて欲しいからだ。



そのために女は自分を綺麗に見せようと努力する……とこの言葉の意味を、よく考えてみるんだな。



けどまぁ、そのまえにとりあえずちゃんと一言『ごめん』と朱音に謝っておけ」



そう言われ、当真は頷いた。どうやら分かってくれたようだ、と千紗は安堵の息を漏らす。



というか、ここまで言えば朱音が当真に好意を抱いているなんていうことは丸分かりなのだが



鈍感な当真は全く気付いた様子すらない。



おそらく当真以外の生徒がいまみたいな相談を持ちかけてきたら、千紗は間違いなく相談に乗れないだろう。







当真は千紗が言ったことをぶつぶつと繰り返し呟いていた。



そして一方の水色はまた、ぶつぶつと千紗に文句を漏らしている。



どこまでも似たもの義兄弟だな――と千紗は誰にも悟られないように思ったのだ。











<2012年11月18日 公開>














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