Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-5-




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さっきまで千紗に蹴られた顔面を押さえながら、ぶつぶつと文句を漏らしていた水色だったが



当真の話が終わるなりうってかわって真剣な表情になった。



「そっちの話はもういいか?」



水色の問に当真は無言で頷いた。



千紗が言ったことは、分かるような分からないような、といった感じだが



なんとなく言わんとしていることは把握できた。



とりあえず当真も一言朱音に謝っておこうと決めたのだ。



当真は紙コップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。すでに冷めきったコーヒーは苦味しか感じなくなっていて



飲んだ後自然と顔をしかめる。口に中には何とも言えない香ばしい苦味が残った。



「それじゃあ今から俺の話をさせてもらうが、その前に……」



そこまで言って途中で言葉を区切ると、水色は居住まいを正して当真の方を向いた。



「当真。お前は席を外せ」



「なッ……!!」



水色は低い声で、冷たい視線を当真に浴びせながら言った。



当真は何やら掌がじっとりしているのを感じたのだが、これは水色に殺気の篭った



視線を受けているからだけでは無かった。実際に、部屋の湿度が上がっているのが分かる。



当真は部屋に1つだけついている窓から外を見れば、さっきまで晴れていた空は雲に覆い尽くされ、



今にも雨が降りだしそうなくらい外は暗かった。



部屋の中も最初ここへ来た時よりも断然暗くなっていたのだが、今の今まで気付かなかった。



おそらく、じきに雨が降り出すだろう。



当真としては、そうなる前に帰りたいのは山々なのだが、当然いまはそうそう帰りたいと思える状況ではない。



千紗と水色が重大な話をしようとしているのに、ここへ来て自分だけお払い箱にされるのは



納得がいかない。当真は反論したが、無残にもあっさりと返しを喰らった。







「悪いとは思ってる。だが今から話すのは、国家元首直々の橡への警告なんだ。



国家元首直々の警告は、話し手と被警告者以外は聞けない掟だ。分かるな、当真?」



「チッ……分かったよ」



当真は渋々重い腰を上げ、自分の隣に置いた鞄を手に取った。



「先生、ありがとうございました。話聞いてくれて」



当真は深い礼をした。



千紗は片手を挙げて、「気にすることはない。またいつでも来るといい」と言って微笑んだ。



そして今度は水色の方へと体を向けて、腕をピンと伸ばして拳を突き出した。



「水色兄ちゃんも。今度また会えるように……死なないでね」



さっきまで水色に対して不満を抱いていた当真が、去り際に自分に声を掛けるとは



水色も予想していなかったのだろう。最初は驚いた顔をしていたが、やがて水色も顔を綻ばせた。



「バーロー。俺がそう簡単に死ぬ訳ねぇだろ。お前こそ、今回の件で死ぬんじゃねぇぞ」



そう言って水色も拳を突き出す。二人の拳が突き合わされて、コツンと音が鳴る。



これは二人が施設にいた頃からの、「指きり」のような約束の仕草だった。



当真は扉の方へ歩みを進め、「失礼しました」と一言言ってから部屋を後にした。











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――当真がいなくなった部屋で、水色は本題を切り出そうとした。……が。







「ところで、本当は何しに来たんだ?」



「……何のことだ?」



水色は無駄だとは思いながらもわざととぼけてみた。



「とぼけるな。お前が国家元首からの警告だ、などと偽って当真君を人払いして、



そしてたかだか一般兵が来れば済むような国家元首の話を、わざわざ多忙な国勅小隊の隊長が



ここまで出向いてきている理由を説明しろ」



「なんだ、やっぱりバレてたか」



あっけらかんとした様子で水色は両手を挙げて首を傾げた。やれやれ、といった表情だ。



「当然だ。私を舐めているのか。そんな矛盾だらけの悪戯を私に仕掛けるなど、バカも休み休みにしろと言いたい」



ここでも千紗は水色をバカ呼ばわりしているのだが、水色に気付いた風は全くなかった。



水色は体を乗り出して、千紗の方へ顔を近づけた。



また千紗の方も、残ったコーヒーを飲み干して、いよいよ来るか……と身構える。



部屋の中は緊張した沈黙が張りつめ、空がごろごろと鳴る音が聞こえる。じきに夕立が来る前触れだ。







「実は…ここだけの話なんだが……。…………。"世紀末の随筆"を盗みだした犯人が判明した――」



「なにッ!?」



千紗は自分の心臓の鼓動が一気に早くなるのが分かった。



「で!?一体どこのだれがやったんだ……?」



恐る恐る、といった感じで千紗は水色に尋ねた。



水色はすっかり冷めた自分のコーヒーを啜ってから一拍置いて、千紗の問に答えた。



「聞いて驚くなよ。盗んだのはお前も良く知る人物だ。元・国立魔法金属研究所第1研究室副室長にして、



国勅魔法武装66小隊第5小隊副隊長補佐。ここまで言えば誰だか分かんだろ」



「まさかッ……。――二藍 賢人(ふたあい けんと)かッ?」



「その通りだ」



「そんなッ……。そうか、それでお前、当真君に席を外すように言ったのか……」



水色は頷いた。千紗は意外な名前が出てきた事に慄いた。



何せ犯人は昔の千紗の部下である男だったのだから。







それに千紗と二藍には少なからず因縁がある――



千紗と二藍は、かつて魔族との戦争の際に政府が水面下で行っていた



極秘プロジェクト――"換装式魔法金属内蔵型人類"を共に進めていた研究者仲間だ。



最も、そこにはさらに深い関係が隠されているのだが。







「まずいことになったな……奴の強さは並ではないぞ」



「あぁ。なんせ"魔法一族殲滅戦争"で最も多くの魔族を殺した男だと言われてるかんな」



とここで千紗はようやく合点がいった。



あの国立魔法研究所の厳重な警備を潜り抜けるなど、並の強さをもつものでは到底無理だ、と考えていたが



あの二藍ならやってのけかねないうえに、奴が犯人だとすれば、どうして



空白の"世紀末の随筆"を求めたのかも分かる。



「こんな奴を生徒達に追わせるだと……ッ?冗談にも程があるッ……!!」



千紗は己の憤怒を露にした。歯と歯がぎりりと擦れる音が部屋に響き渡る。



そんな千紗を見るに耐えなかった水色は立ち上がって、窓際へと向かうと外の景色を眺めたが



空は真っ黒な黒雲に覆われ、丁度ポツリポツリと弱めの雨が降りだしていた。



そして水色が遠くに見えるビルの屋上――そこに人が蠢くのが見えた……気がした。



気のせいか、と思った、なんせこんな雨の日にビルの屋上なんかに出てすることなどないだろう。



そう考えたからだったが……ある。一つだけ、雨にも関わらず屋上に出る理由が。



そして疑問に思いながら、再びビルの上に見える人影を探そうと目を凝らした時、疑問は確信に変わった。







人影が微かに動くのが見えた瞬間、その場所が僅かに光った――銃口炎(マズルファイヤ)だ。



その光の正体が何か分かった瞬間、水色はすでに千紗の方へと駆け出していた。



「ちいっ!」



思わず舌撃ちがこぼれた。頼む、間に合ってくれ……!!水色は心の中でそう叫ぶと同時に千紗の方へ飛び込むと、



そのまま椅子ごと押し倒す形で千紗を抱きしめ地面へ倒れこんだ。



その瞬間、千紗の顔が真っ赤に染まる。



「ッな……!!お前、二人きりになった途端に襲うとはどういうことだ!!



紳士の風上にもおけん!!死にさらせッ!!」



「うるせぇ我慢しろッ!それより伏せろバカ!!死にてぇのか!!」



「死ぬのはお前だ神崎!!」



どうにか水色の腕から逃れようと暴れながら叫んでいた千紗だったが、そう叫ぶと同時に



部屋の窓ガラスが割れる激しい破砕音が鳴り響く。水色は自分の腕の中で、千紗がきゅうっと縮こまるのが分かった。



その後も銃弾が降り注ぎ、更に2発、3発……と、計4発打ち込まれた。



その内の一発がソファに置いてあった本のビルに命中し、ページがバラバラの紙切れになって飛び散った。



そのソファはと言えば穴だらけになり、蜂の巣にされてしまっている。



また部屋の壁の数箇所にも弾痕が残っていた。







「もう大丈夫だ、橡」



自分の腕の中で、小さく丸まって縮こまった橡に手を貸し、そっと立ち上がらせた。



よっぽど怖かったのだろう。普段のような強気な表情はそこになく、さすがに顔には恐怖が張り付いていた。



「あ、あぁ……助かったよ、神崎。なんだ……その……」



「なんだどうした?」



「あ……ありが、ありがとう」



いつになく歯切れが悪くそう言うと、千紗は顔を赤くして俯いてしまった。



いつもはいじられてばかりの水色だったが、珍しく千紗に素直になられたせいで恥ずかしくなり



照れ隠しに水色は千紗から目線を外した。







だが、いまは照れている場合ではない。



水色は再び窓際の方へ歩み寄り、そこから先ほど人影が見えたビルの屋上を見たが、



そこにはもう人影らしきものはなかった。











<2012年11月20日 公開>














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