Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-7- (後編)




「それは……」



そう言いかけたところで朱音を見ていた当真の視界の隅に、さっきまで誰もいなかったはずの道に、



ふっと灯りがついたように人が現れたのが映った。



おそらく男だろうか。傘を差しているせいで顔がよく見えない。黒いロングコートを着ているのだが



初秋のこの季節にコートを着るには若干早過ぎる気がする。



背が高く、すらりと痩せ型の体型。髪はツーブロックにカットされている。







足を止めて会話していた二人に、男は歩調を緩める訳でもなくどんどん近づいてくる。



当真は直感だが、男に嫌な感じがした…というよりは"危機感"を覚えたと言う方が正しいかもしれない。



遠くにいるにも関わらず男の殺気というべきだろうか。プレッシャーがひしひしと伝わってくる。



「どうしたのトーマ?」



どうやら朱音も当真の視線から男に気付いたようだ。



男の方をちらりと見て、再び当真の方へと視線を移す。



「……ねぇ、あの人、なんか変じゃない?」



「……あぁ」



朱音が少しだけ当真にピタリとくっついてくる。



「…………!!」



さっきまで男の方を意識していた当真だったがここで意識が別の物へと向けられる。



なんというべきか、当たっているのだ。当真の肘に、女性特有の膨らみが。



そんな柔らかい感触にどぎまぎしている当真とは裏腹に、朱音は自分の胸が当真の肘に



触れていることに全く気付いた様子はない。



当真は頭の中がぐるぐると回っている感じがした。



いつのまにか成長したのな、朱音……など考えているうちにどんどん男との距離が縮まってゆく。



……2メートル……1メートル……そしてついに二人の横を男がすり抜ける。







そう思った刹那――当真は一瞬時間が止まったように感じられる。



止まった、というよりは時間の流れがとても緩やかになったとでも言うべきか。



当真の脇をすり抜ける男の所作がとても遅く感じられ、一つ一つの動作を捕らえることができる。



そして男の気配を感じると同時に、耳元で男に何かを囁かれた。



「……君が緋村当真くん……かな?」



男と当真と朱音がすれ違い、数メートル進んだところで男は足を止めた。



男は当真達を振り返ることなくその場に佇んでいる。



「誰だ……アンタ」



「ふむ……」



当真は男の方を見遣ると、男はほっそりと長い二本の指で自分の顎を摘むポーズを取って、



何かを考え込んでいるのかぴたりと動きを止めて、首を傾げていた。



やがて考えがまとまったのか、男は一度空を仰ぎ見ると、そこでようやく当真達の方へと振り向いた。







雨が降っているにも関わらず、男は傘を畳むとそのまま当真と朱音をじっと見つめている。



「朱音……」



「うん。この人、かなりやばそうかも……」



当真は横目に朱音の方を見たが、彼女の表情はさっきとはうってかわって警戒の色に染まっている。



男の目線からははっきりとした殺意が込められているのが分かる。



当真も朱音も、学校で実習訓練として何度か国勅小隊の隊員と模擬戦をしたことがあり、



そのときの相手の視線…――殺気の伝わり方は今でも覚えている。







そう――それは文字通り、目で相手を制するのだ。



その視線により自分の強さを相手に誇示することで相手の動きを牽制し、プレッシャーを与える。



その模擬戦での相手の目線を受けた時、当真はその目線に怯んで初撃を繰り出すのが遅れた覚えがある。



いうなれば視線とは、初撃の攻防の前に相手の動きを封じるための有効な手段なのだ。



……だが、この男の目から伝わる殺気とは、今まで感じた事のない恐怖と焦りを感じさせられる。



"圧倒的な力の差"を感じ得ずにはいられなかった。



闇のように黒く染まった瞳。そこにはかつての当真のように"絶望"と"憎悪"が



含まれていることが明らかに見て取れる。



きっとこの男は何人もの人間を殺してきたに違いない。







雨がまた強く降り出し、男は黙って雨に打たれている。



きっちりと纏められていた男の髪だったが、雨が髪を滴り、それに従いだらりと前髪が額に貼り付いていた。



着ている黒いコートは雨に濡れ、一層深く黒く染まっている。



裾からはコートが吸った水滴が、ポタポタ垂れている。







やがて数秒間の睨み合いが続いた後、ようやく男が当真の問に答えた。



「私は、"世紀末の随筆"を盗んだ犯人だ」



「……!!」



そう聞いた瞬間、当真は迷う事なく自分の腰に提げてある拳銃のホルスターへと手を伸ばし、抜き撃ち(クイックドロウ)



そのまま3発男に撃ち込む。



銀色の弾丸(シルバーブレット)の空薬莢がカランカランと音を立てて、アスファルトの上へと落ちる。



雨のせいですぐに硝煙が掻き消えるが、その匂いだけはさすがにその場に残る。そこには鼻を突くような匂いが立ちこめていた。



当真は傘から飛び出て辺りを見渡すが、さっきまで目の前にいた男の姿がどこにも見当たらない――



「トーマ!上よッ!!」



「――!?」



朱音の声に素早く反応し、当真は上を見上げると回転しながら宙を舞う男が目に入る。



おそらく当真が発砲する気配を感じた瞬間にはすでに跳躍し、飛来する弾丸を回避したのだろう。



しかしそれにしても、当真がホルスターに手を伸ばし、銃を抜くまで0.2秒ともかからなかったはず……。



にも関わらず、男は気配を察知しただけでたったの0.2秒で跳躍までの動作に至ったのだ。



もはや人間離れしているとしか言いようが無い身体能力だ。







男はそのまま空中で回転した遠心力と落下する際の重力を込めて、体全体を使って当真に踵を振り下ろす。



(やばいっ!腕で受けると骨を持ってかれる……!!)



そう判断した当真は空中にいる男へ再び一発発砲。空中にいるため回避不可能だろう……そう思ったが、



その予想に反して男は体を半分捻り、弾丸の軌道から体を逸らした。



「なっ…!!空中で急な方向転換だとッ!?」



初撃の抜き撃ちをかわされたことですら、当真に十分な衝撃を与えたのに今度はさっきよりも至近距離で



秒速で飛来する弾丸を回避したのだ。もはや人間離れとかいうレベルではない。



これでは完全なる"化け物"だ。



しかし男が攻撃態勢に入っていたところに一発撃ちこんだため、男は体を捻り弾丸を回避し



結果的に攻撃のモーションを封じることができた。



……だが男の攻撃はここでは終わらない。







当真が予想した落下地点よりも手前で男は着地すると、そのまま地を蹴り一直線に飛び込んでくる。



が、そんな突進を許すほど、当真は弱くは無い。



男の足元に2発発砲し、動きを止めるとそのまま牽制のつもりで足に狙いを定め――撃発(バースト)。命中。



「ぐっ……」



男の呻き声が聞こえるが、当真はそこで攻撃の手を緩めない。



僅かながら隙が出来た男へともう一発発砲する。……が男の動きもまた然るもの。



すぐに意識を切り替えて弾丸を回避。バックステップで距離を取る。



一定の距離まで男がさがったところで二人は再び睨み合い。視線を逸らせばやられる。



当真は銃を前に両手で持って構えたまま、ありったけの殺気を込めて男へと放つ。



……だが数秒の睨み合いの後、男はニヤリと表情を歪めたかと思いきや、甲高い笑いを漏らした。



「クククククッ……ハーーーッハッハッハッハッハァーー!!」



男は手を顔に当て、肩を震わせながら笑い転げている。



「……何が可笑しい?」



「いやいやいや、予想以上にやるじゃぁないかっ!なかなか楽しい余興だったよ」



「答えになってねえよ。それにテメェどういうつもりだ。いきなり攻撃してきやがって」



当真は怒りを露にして、遊底(スライド)を引いて引き金に掛ける指に力を込める。



男が妙な言動をすれば、即座に撃ち殺すつもりだった。



だが男は当真の怒りなど、微塵も気にした様子はなく、悪びれる事なく応答した。



「どういうつもり?おいおい、そんなことで怒っているのかい?たかだか挨拶代わりじゃないか」



男は「やれやれ」と言って首を振り、肩をすくめて両手を挙げて、それらしいポーズを作った。



「知らねぇ奴に、挨拶されるつもりなんてねぇよ」



「まぁ、そういうなよ緋村くん。それに私達は決して知らない仲なんかじゃないぞ……?」



「……どーいうことだ?」



「ふむ。そういえば自己紹介がまだだったね」



男は雨で額に張り付いた前髪をかきあげてこう言った。



「私は元・国立魔法金属研究所第1研究室副室長兼、国勅魔法武装66小隊第5小隊副隊長補佐。



――二藍 賢人(ふたあい けんと)だ」











<-後編- 2012年11月26日 公開>














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