Two sides of the coin

/ 「相反する二つの世界」




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珈琲がはいったところで千紗は当真の前にカップを置いた。







当真は一言「頂きます」と断わってカップに口をつけ、一口啜った。



続けて千紗も当真の正面に座るのかと思いきや、紙コップに続き今度は机の上の本を掻き分けて



何かを探しているようだった。カップを持ってない方の手で机の上の本をどけている。



「先生。今度は何を探してるんですか?」



「んー……?」



千紗は机の方を向いたまま、机の上を漁りながら答えとはほど遠い返事を漏らした。



しばらくして彼女は「あった」と言うと、本の瓦礫の山からそれを抜きだして当真へと差し出した。



「これが君に見せたかったものだよ」



そう言うと彼女はようやく当真の正面へと腰掛けた。



彼女は目を瞑り、優雅な動きでカップに口をつけ一口だけそれを啜る。



当真は手渡された一枚の紙を見ると、それを一見すると複数の記号が組み合わさっていて



文面にはアルファベットやかな文字などは一切存在していない。右下には国勅印と呼ばれる



国からの命令であること示すものが捺印されていた。



これを見るなり目を輝かせる当真を見て、千紗はまるで悪戯に成功した子供のように大層嬉しそうな笑みを零した。



「これが何か、君なら分かるだろう?」



「"インフォーマル・スラング"」



「ご明察」



千紗は弾むような口調でそう言った。"インフォーマル・スラング"とは言い換えれば暗号のことだ。



科学者たちは自分の研究成果を他人に盗まれないようにするために実験データなどは全てこれを使って記録する。



だがそれは科学者によって全く読み方が変わってくる。例えば「*」の解釈を"水素"と決めている者もいれば



"酸素"と決めている者だっている。



が、一部が分かればそれを読むことには難はないとされているが、当真は以前千紗のインフォーマル・スラングを



見せてもらったとき、ヒントを貰いながらもその半分を読むことすら出来なかった。



やはり天才は自分の影響力が分かっているせいか、自分の研究成果は絶対他人には悟られないようにしている。



しかし、今千紗が差し出したものには国勅印が押されているのを見る限りこれが国によって発行されたものだと分かる。



その場合、配られた者全員が読めないと困るので文字の定義が国によって決められている。



幸い当真は国で決められたインフォーマル・スラングの記号羅列の解釈は本で読んだことがあるお陰で



なんとかこの文章を読むことが出来た。それを熱心に読み解いている当真を、千紗は母親のように見守っていた。



内容を要約すればこうだった。







『昨日午前3時頃、国立魔法金属研究所の研究書庫に何者かが侵入し、魔法金属についての機密が書かれた



"世紀末の随筆"が盗まれた模様。犯人は逃亡。貴重な研究書を狙っていると思われるため、



これを読んだ"有能な科学者"諸君は充分に注意したまえ。』







最後の一行はおそらく、貴重な研究書を持つ科学者達へ向けた忠告と解釈して問題ないだろう。



一つ分からないことがあるとすれば、"世紀末の随筆"と呼ばれる書物のことだ。



首を傾げ、うんうん唸って世紀末の随筆について考える当真の様子を見て、千紗は助け舟を出した。



「"世紀末の随筆"と言うのは魔法金属について書かれた研究書でね。



著者は魔法金属の働きを解明した橡 信弥(つるばみ しんや)博士――私の曾祖父様だと言われている。



私もこの研究書を読んだことがあるんだが、これが実に奇妙な研究書でね……」



そこまで言って千紗はその先の言葉を濁した。



「奇妙……というのは?読めない文字でびっしり埋められているとか?」



「その逆さ」



当真は思考が追いつかず、ただ首を傾げているだけだった。



「"世紀末の随筆"には殆ど何も書かれてないんだ。全部で二百頁ほどの論文から成っているのだが



その半分以上が空白の頁になってるんだよ」



なるほど、と当真は、はっとして感嘆の声を漏らす。



「気付いたかい?」



千紗の問いかけに当真は頷いて「はい」の返事を示す。



彼女が言いたいことはつまり、「ほとんど空白の研究書を盗んだ犯人の目的は何なのか」ということだ。



研究書は"中に何らかの有益な実験結果が書かれているからこそ価値をなすもの"であり、



逆に言えば中身が空白の研究書を盗んでも何の役にも立たないという事だ。



にも関わらず犯人は厳重な警備やシステムを潜り抜け、命を呈してまでこの研究書を盗みに入っている。



そんな危険なマネまでして研究所を盗みだす理由は理解しかねるものであった。



千紗は一口珈琲を飲んでこう続けた。



「いいかい当真君。犯人はほとんど中身が空白の研究書を盗んだ。



だが研究書は全くの白紙と言うわけではない。少なくとも全体の3分の1ほどは研究成果が書かれている。



それを踏まえて推理すると……――」



そこまで言われて当真はあることを思いついた。



「まさか、犯人はこの"空白の部分"を知っている……としたら……?」



それを聞いて千紗は不適な笑みを漏らす。



「そう。私達の価値と犯人の価値は逆転する」



「つまり俺たちにとってはこの読めない"空白の部分"が価値を持つ。それは俺達が空白の部分を持っていないから。



逆に"空白の部分"のみを持つ犯人にとってはその"空白の部分"に記されていない"世紀末の随筆"



本体に記されてる僅かな内容の方が大事だ……訳ですか?」



「正解だ!やるじゃないか」



千紗は当真に拍手を送った。それから彼女は残りの珈琲を飲み干してさらに話を続ける。



「それじゃあ正解した当真君に、私からご褒美をあげよう。」



当真もまた珈琲を飲んで、机を挟んで千紗の方へと身を乗り出した。



「世紀末の随筆の読める部分だけを解釈してそこから私なりに世紀末の随筆は一体何について書かれたものか



ということを推理してみた。



おそらくあれは魔術と魔法金属の関係性についての研究書だ。一般的に魔族以外魔術は使えない。



だが私の曾祖父さんは魔法金属の力を使って魔術を再現しようとしていたらしい。



これがどういうことか、君なら分かるだろう?当真君」



当真は頷いた。







魔法金属争奪大戦後、日本は"魔術派"と"科学派"によりフォッサマグナを境目にして



そこから西は科学派が支配する西日本、東は魔術派が支配する東日本に国土が分裂した。



例えるならば、第二次世界大戦後の西ドイツと東ドイツのようなものだ。



ちなみに言うと西日本の首都は京都、東日本の首都は東京だ。







犯人はおそらく世紀末の随筆に書かれた技術を使い、"科学"と"魔法"の力を手に入れるつもりだ。



――もし科学と魔術を同時に使えるものがその力を乱用すれば、そいつを止められる人間はまずいない。







科学と魔術。







それらはそれぞれ人類の発達に大きく貢献し、中には神の領域に踏む込むまでの科学技術や魔術が存在する。



その二つを混ぜ合わせ、世界を征服するために使ったとしたら誰もその力には対抗できないだろう。



――いや、唯一対抗する方法があるとすれば、それは科学派と魔術派が共闘することだが



現状それが起こることは1000%ありえない。







……なんせ科学派の人間達は、魔法に変わって科学で世界を支配するために魔法派の魔族達を山ほど殺したのだから。







鎌倉幕府という権力を乗っ取るために、北条氏が源氏の将軍家を滅ぼしたのと同じだ。



科学派もまた、"世界の支配権"を奪うため魔族を滅ぼそうとした。



ただ、魔術派は科学派の魔法金属を使った強力な魔法武装に圧倒され成す術もなく早期に降伏したが。



だがそれが原因で世界は魔術派と科学派に分裂してしまった。それが結末だ。



そして当真の両親もまた、この戦争で死んだ。



今、日本の境界には魔族の侵入を防ぐため「ベルリンの壁」ならぬ「大地の壁」が築かれている。















「とにかく、犯人の目的には不明瞭なところも多いが何をしでかすか分からないような奴に違いないだろう。



そこで政府はこの事件の対策のためにある制度を取るつもりだそうだ。



これは私の裏の情報網から聞いた話だが、なんでも政府の人間がこの事件にかかりっきりになると



その隙を狙って魔術派に攻め込まれるやもしれない。そういう事情からこの事件の捜査には



君達も狩り出されることになるそうだよ。魔法金属に関する実習の一環としてね」



「俺達がですかッ!?」



さすがにこれには驚きが隠せなかった。



なんせ犯人は厳重な研究施設の警備網を突破している。つまり相当な手馴れだろう。



それを当真達学生に追わせようなんていうのはワニがいる川をシマウマの群れに渡らせるのと同じだ。



「一体白緑(びゃくろく)様は何を考えてんだ……」



白緑様というのは分裂した西日本の昔で言う首相に当たる人物だ。



「知らん。だがヤツは人の命をゴミ程度にしか思っていない。」



そう言うと千紗は歯を食いしばり、怒りを露わにした。



彼女の犬歯が擦れ、ギリリという嫌な音が部屋に響く。




「いいか当真君。これは明日正式に発表され、朝一で全校朝集で知らされるだろう。



だが君には先に言っておく。これは生徒同士、三人一組でチームを作って犯人を捕まえるという制度だそうだ。」



「……なんだか、RPGゲームみたいですね……」



「ヤツはおそらくその"ゲーム"感覚でこの政策を取ってるだろうからな。」



「人の命をなんだと思ってやがんだ……」



それにはさすがに、普段あまり"怒り"という感情を見せない当真ですら憤りを感じた。



なんせ彼女、白緑 涼葉(びゃくろく すずは)こそ日本が科学派と魔術派に別れるきっかけを作った



張本人なのだから。







「それには私も同感だ。だが悪いことばかりではないぞ。ここで手柄を挙げれば卒業後の就職で有利な経歴が得られる。



そうすれば君の目的もより果たしやすくなるんじゃないか?」



それの問いかけに対して当真は無言をもって答えた。







確かに、彼女のいう事にも一理ある。



なぜなら本当に賢い人間というものは、利用できるものはなんでも利用し這い上がるからだ。



……例えそれが常軌を逸していても、だ。



それに「No pain, no gain.」という言葉があるように痛みなくして成功はない。



何か大きな利益を得るにはそれに見合う犠牲が必要だ。







当真の無言を肯定と見た千紗は更に話を続けた。



「この三人一組のチームは自由に組めるそうだから、今のうちに事情を説明して仲間を作っておくといい。



今から仲間を誘っておけば誰かに有能なヤツを取られることもないだろう?」



千紗と当真の視線が交錯する。



千紗の当真も不適な笑みを相手に向けた。



そしてお互いのその視線から、相手が何を考えているのかを汲み取ったようだ。











こうして――







緋村 当真の相反する二つの世界を守るための戦いの幕が



当真の意思に関わらず強引に切り落とされた――。











<2012年11月11日 公開>














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