Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」








-4-




当真は今日はもう行くつもりが無かった図書館に図らずとも訪れることになった。



いや、正確に言えば己の余計な一言で招かざる事態を引き起こしたとも言えるが。



自分の余計な一言で朱音を怒らせた当真は、どうすれば彼女の機嫌が直るのか



千紗にアドバイスを求めるためにここに来たのだった。しかし、ここに来るかはかなり迷った。



当真としては非常に面倒なのだが、やはり朱音は仲間に欲しいので渋々千紗に頼ることにしたのだ。



最終的に、心強い仲間を得るために千紗から"また"小言を挟まれながら女性関係についてアドバイスを貰うことなど



当真にとっては大した問題ではない、という結論に至った。







当真が最も苦手なものは"女の子"だ。生物的にも、精神的にも。



その原因はやはり朱音にあって、生物的なほうは彼女に幼い頃散々ひどい目に遭わされたことのせい、



また精神的なほうは間接的に朱音が当真に近づこうとする女の子を排除してきたので



当真には女性経験というものが皆無なのであるからだ。



別に朱音とて悪気がある訳ではない。当然そこには『朱音の気持ち』というものが含まれていて、



小学生低学年の頃によくある"好きな子いじめ"の類のものなのだが鈍感な当真はそこに全く気付いていない。



今はそれはひとまず置いておくとしても、当真にとって女心というそれは、難解な数式を読み解くよりも



遥かに難しいものだという印象しかないのだ。







例を挙げるなら、今年のバレンタイン。放課後、人の姿がまばらになった中庭で



同じクラスの、当真に好意を寄せる女の子がその日当真に告白したのだが……



「あのっ!私ずっと前から緋村くんの事が好きで……その、よかったら付き合って欲しいな……って……」



「ん?別に構わないけど?」



「ほっ、ホントですかっ!?」



彼女は緊張で強張った面持ちから一転、表情を綻ばせた。



眩しいほどの笑顔が咲き誇っているのだが、それは直後に訪れる大雨の前兆となる。



「うん。で、何につき合うの?買い物?」



そう言った瞬間、彼女の表情は一気に凍りついた。直後、彼女の涙腺のダムが決壊。



そのまま女の子はその場に膝をついて泣き崩れてしまい、周りにいた生徒達がざわめき立った。



結局何が起こったのか分からないままその女の子はその場から走り去ってしまい、



足を止めて事の成り行きを見守っていた野次馬から、当真には否定的な視線と、



諦めのような溜め息が向けられた。



それ以降、その子と会うたびに気まずい空気が流れるため出来るだけ近づかないようにしている。



と言っても2人は同じクラスなのだ。当然毎日のように顔を合わせている。



なので当真は出来るだけ何も考えないようにしているのだが、相手の方はひどく当真に嫌悪感を抱いているみたいだ。



あたり前と言えばあたり前だ。なんせ真剣な告白を『買い物』扱いされ、挙句の果てに



当真自身は自分が何をしたのか全く理解していないのだから。







『顔はいいが女心を全く分かっていない――』







これが女子の当真に対する評価だと以前千紗から聞いたことがある。



千紗はと言えば以前にも話した通り、女子生徒からは憧れの対象として見られており、



ちょくちょく女子生徒の相談に乗ってあげている姿を目にすることがある。



そういった女の子の中には、何故か分からぬが女心が理解できず、度々女の子を泣かせる当真に



好意を寄せる女の子もいるみたいで、『どうすれば当真に自分の気持ちが分かってもらえるか』と



千紗は何度か相談を持ちかけられたことがあるそうだ。



そのことを当真に話す度に千紗は心底呆れているのだった。







そういう訳で当真は、ことあるごとに千紗から、



「少しは魔法金属のことだけじゃなく、女の子の気持ちも考えてやったらどうだね?」



と言われることがしばしばである。







だがそれは当真にとっては二階から目薬をするのと同じなのだ。



それに分からないことは人に聞けばいい――と考える当真自身が大してそのことを問題視していないことが



一番の問題だということに気付いているのは、千紗だけなのであった――。











-5-




当真は司書室の扉を二回叩いた。……が中からは一向に返事が返ってこない。



寝ちゃってるのか、と思った当真は返事を待たずドアノブを回して部屋の中へと這入った。



予想どおりなら寝ているはずの千紗を探すべく、ドアの前に立ったまま部屋をぐるりと見渡した。



しかし、予想に反して中に千紗の姿はなく、あるのは昼間見たままの本のビルが聳え立つ



小汚い散らかり放題の部屋の風景だけだった。



ただ、ここで新たな推論が立った。



鍵がかかっていなかったところをみると、おそらくちょっとした用事で職員室の方に行っているのだろう。



以前にも何度かこういうことがあったが、いずれも千紗は数分で部屋に戻ってきた。



そういった過去の経験からすぐ戻って来るだろうと判断した当真は、部屋の中で待たせてもらうことにした。



「……しっかしまぁ、汚ない部屋だなぁ」



その場に立ち尽くしたまま誰にでもなく、いや、正確には現在不在のこの部屋の主に向かって呟いたため、



うわ言のようになってしまったのだ。



……が、誰もいないはずの部屋なのに、当真の隣からそれに賛同する声が聞こえた。



「ホントホント。とても20代女性の部屋とは思えねぇ有様だな」



「だよな……ッて!うおっ!!」



当真は横へ大きく飛び退いた。いつのまにか当真の隣に人が立っていたのだ。



そのまま壁際まで後退。壁に背がついたにもかかわらず、まだ後ろへとさがろうと試みる。



だが当然のことながらさがれるはずもなく、壁に背中を押し付けているだけになった。







そこで当真はようやく落ち着いて声の主の姿を見た。



Tシャツの上に白いパーカーを羽織っていて、黒のカーゴパンツを穿いている。



腰にはウォレットチェーンを3本ほどぶら下げており、最も特徴的なのは青色に染められた髪だ。



青く染まった前髪の隙間からは鋭い切れ目が覗いている。



また手には格闘用黒革製のグローブが嵌められていて、あらゆる所に銀白色の金属がくっついている。



おそらく魔法元素とPr(プラセオジム)が化学反応を起こして出来た魔法金属――アンチ・プラセオジムだろう。







水と反応を起こすプラセオジムは化学反応を促進する力を持つ魔法元素と結合し、金属分子を作ることで、



空気中の目には見えない水滴を分解し、水素分子と酸素分子を作りだす。



さらに魔法元素の、一時的に質量保存の法則を無視し、さらには本来不可能である原子を増殖させる力を使うことで



思うがままに空気中の水素と酸素の量を調節できる。ただし増殖した原子は使われると消滅してしまう。



だが水素分子と酸素分子の濃度が高まったところで火花を散らせば大爆発を起こすことが出来ることで知られている。



ゆえに「アンチ・プラセオジム」は別名"際限なき起爆金属"と呼ばれている。



ただしそういった強力な力を持つ一方でプラセオジムは魔法元素とたいへん反応しにくいため、アンチ・プラセオジムは



非常に貴重であり原価にして数千万円の値がつく。







青い髪の男はその鋭い目つきで当真を睨んでいた。当真もまた壁に背をつけたまま、負けじと鋭い視線を突き返す。



そんな睨み合いがしばらく続いたあと、どちらともなく「ぷっ」と吹きだした。



静かな緊張が支配していた部屋に、2人の笑い声が響き渡る。



ひとしきり笑い終えると青い髪の男は「よっ、久しぶり」と片手を挙げて、愛想良く当真に会釈した。



そして当真もまた笑顔で会釈を返した。なぜなら当真は、青い髪の男とは知り合いなのだから。



「ホントに久ぶりだな水色兄ちゃんっ。相変わらず変わんねぇな」



「変わらねぇのはおめぇだよ当真。相変わらず年上にタメ口で話やがって!」



そうは言っているが、水色とてまんざら嫌そうではなかった。



むしろそれは弟を可愛がる兄のような口調だった。







――神崎 水色(かんざき みずいろ)



彼こそ、両親のいない当真の唯一家族と呼べる存在――。











<2012年11月15日 公開>














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