Two sides of the coin

/ 「特別小隊『朱華』」-3-




-6-




当真は10歳の頃、両親を亡くしていた。



"魔法金属争奪大戦"のさ中、丁度魔術派と科学派が支配する国境へ出向いていた両親は



そこで起った魔術派と科学派の戦闘に巻き込まれ、あっけなく死亡した。



さらに運が悪いことに当真には両親以外に親戚がいないことになっているので誰も引き取りてがいなかった当真は



自然に白緑家が設置した"大戦孤児院"へと入れられた。







その頃の当真は、今のように普通の人間とはほど遠い獣のような人間だった。



父親と母親を突如奪われ、二人を殺した人間を見つけ出し、自分の手で殺してやろうと常に目をギラギラさせていた。



そのために本を読み、知識を身につけた。当真が「本の虫」になったのはその時からである。



そんな復讐に駆られた当真に近づこうとするものは誰1人としていなかった。



"大戦孤児"というのは本来戦地の近くに住んでいた子供たちが、そこで起った局地戦に一家が巻き込まれ



親を失い孤児になる、というパターンが一般的で、当真のように親子がバラバラで死に別れるというのは珍しいのだ。



普通は同じ場所で親子が戦争に巻き込まれ、運よく子供だけが生き残るパターンが多い。







……だが本当にそれが"運がいい"のか?と当真は考えたことがある。



目の前で親を殺された子供。地雷を踏んで目の前で親の体がバラバラになる瞬間を見た子供。親を敵にさらわれ、



親と生きたまま別れてきた子供。



目の前で親が殺されたり、捕虜にされたりする瞬間を見ているのだ。



「もし自分なら?」と考えた時、当真は両腕を抱え、体を強張らせた。



――きっと耐えられないだろう。今、"殺された"というだけでも憎悪が消えることがないというのに、



まして目の前で、となれば正気を保っていられるかすら怪しかった。



獣のように怒り狂い、暴れ、自分の身を捨てても両親を殺した奴をぶち殺している確信がある。







だが当時復讐の渦の中で溺れていた当真にそんな考えに逢着する余地などなかった。



「復讐は復讐を生む」という不変の事実に気付く事も出きず、ただ毎日を憎悪に食われていただけだった。







そんな時、当真を救ってくれたのが水色だった。



誰も当真に声を掛けようとしない中、ついに水色が当真の元へ近づいていった。



「お前、そんなことして楽しいか?」







悲しげに、そして侮蔑の想いを込めて水色はそう言った。



壁に背を預け、座って本を読んでいた当真が顔を上げる。そこには明らかに怒りが刻まれていた。



「楽しくなんかねぇよ」



冷たく凍りついた声で吐き捨てるように当真は答えた。



「毎日が辛くて仕方ねぇ。本を読むたび復讐したい、って気持ちが沸きあがるけど、その時同時に父さんと母さんのことも



思い出すんだ。それで、毎回頭んなかで誰かに拳銃で撃ち殺されてる。」



復讐鬼となった少年が身をよじりながらそう言った。怒っているのか泣いているのか分からない声音だった。



ただ、目だけは。瞳の奥の奥には微かに哀しみの感情が映っているのが分かる。



そのころ18歳だった水色は大人と少年の間にいた。完全な心は持っていない、未熟で不完全な心しか持ってなかったが



直感的に、今ここで自分がこの少年を救わねば、きっとコイツは深い奈落の底へ落ちる。



奈落の底には"闇"しかない。暗く、寒く、哀しみしかないそこは光さえ届かない。



長い間奈落を覗いていると、奈落もまたこちらを覗きこむものなのだから。



一度深い穴へ落ちれば、絶対に手が届かなくなる。水色はそう思った。



「お前、親が死んだ時ちゃんと泣いたか?」



当真は下を向きながら首を二、三回横に振った。



「じゃあ今泣け」







そう言うと驚いたようにがばっと少年は上を向いた。今度のその表情には明らかに哀しみしか映ってなかった。



「涙なんか出ない」



「いや、出る。出すんだ。……お前は"憎しみ"を"哀しみ"と間違えてる。積もり積もった哀しみ、



親に会えない寂しさを不満に思って、ただそれに拗ねてるだけなんだよ。



今のお前はおもちゃを買ってもらえないから駄々こねてる小さい子供とおんなじだ。けどお前は小さい子供じゃない、



そうだろ?お前はもう、どうにもならないことはどうにもならないって分かってる。



だったらあるものでないものを埋めるしかねえじゃねぇか。……泣いて、楽になっちまえよ。」







暫く少年は何も言わなかった。ただぼんやりと水色の方を眺めて、自分の中で葛藤を繰り広げているということだけは



見てとることが出来た。



だが次の瞬間、少年の頬を僅かな雫がすーっと流れ落ちるのが見えた。



「…泣けばホントに、楽になるかなぁ……?」



「…バーロー。――もう泣いてんじゃねぇか」







水色は僅かに微笑んで、少年を抱きしめた。











-7-




二人は主のいない部屋でそんな昔の話をしていた。



当真はすっかり覚えてしまったこの部屋の珈琲がおいてある場所から、水色の分と自分の分の珈琲を作って



水色へと差し出した。







二人が最後に会ったのはもう4年も前のことだ。



現在当真が通う魔法金属専門学校の卒業生である水色は当時、卒業と同時に"国勅魔法武装66小隊"へ入隊した。



それからというもの、水色は任務続きで各地を転々とし、二人はたまに連絡を取り合うぐらいだった。



そして先日ようやく任務が一段落し、こちらに帰って来ることが出来たのだという。







「しっかし、お前がAMSに入学するとはなぁ」



感慨深げに水色が言った。



「ってことは俺はお前の"先輩"になる訳だ。どうだ?俺の事、"水色先輩"って呼ぶか?」



「断わる」



「あいッ変わらず愛想のねーやつ……」



冗談のつもりだったのにな、即答かよ…と水色は珈琲をずずっと啜った。



「水色兄さんは水色兄さんだからね」



「ま、やっぱそれが一番しっくりくるわな」



「ところで、今階級いくつになったの?」







それを尋ねると途端に水色は嬉々として得意げな表情が伺えた。きっとまだかまだかとこの質問を待っていたに違いない。



水色は笑顔で二本の指を立てた。



「先日の任務をもって、国勅魔法武装66小隊第3部隊隊長に襲名・就任」







これには当真も驚かざるを得なかった。



通常入隊から階級を1つあげて、どれだけ早くても尉官になるまでに5〜6年かかるのだが彼はたったの4年で



隊長になっていたのだ。階級にすれば大佐ぐらいの権限がある。







「すげぇじゃん!」



当真は手放しで喜んだが水色は澄ました様子で「たまたまだよ」と言った。



「実は今、国勅小隊も人員不足でな。優秀な人材がいないってとこが現状なんだ。



それでまぁ、任務でも運よく手柄が重なったってだけさ」



そうは言うが、"隊長"というものに簡単にはなれないことを当真は知っていた。



隊長はその部隊の中で一番強く、人望が厚いものが選出される。



国勅魔法武装66小隊への入隊を志す者ならば、誰もが憧れる階位だ。







「そういうお前はどうなんだよ?」



「ん?何が?」



「ここを卒業したあと、どうすんだ?」



当真は答える事に一瞬躊躇った。おそらく当真の答えは彼が期待しているものではないものだということが



すでに分かっているからだ。



「……俺は魔法金属研究者になろうと思う」



「……そっか」



やはり水色の声のトーンが少し下がった。きっと彼は自分と同じ道を当真が歩むことに期待していたのかもしれない。



彼の表情からは、少しだけがっかりした様子が窺えた。



しかし当真が水色の期待を裏切ってしまった事に申し訳なさそうな表情するのを見ると、水色が慌ててフォローを入れた。



「あ、なんか別の意味に捉えちまったか?」



「あ、いや……」



図星だったので否定することは出来なかった。隠そうとしたのだが目線も泳いでしまう。



「ははっ、ちげーよ。俺はお前が俺と同じ道に進む事なんか最初(ハナ)っから期待してねーよ」



予想外の答えが帰ってきたことに、当真は驚いた。



ではさっきの彼のがっかりした声はなんだったのだろか。







「安心したんだよ」



「へ?」



気の抜けた声が部屋に響きわたった。



「俺は最初、お前が魔法金属専門学校(ここ)に入ったのは国勅小隊へ入ってお前の両親を殺した魔法派に



復讐するためかと思った。けどそうじゃなかったことに、兄貴分として安心したよ」







そう言うと照れくさかったのか、水色はプイっと当真から視線を逸らした。



やはり水色が、今の当真にとって唯一の家族なのだということを実感した瞬間だった。











<2012年11月17日 公開>














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